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働く人の心の専門家「森田彬裕」ストーリー

働く人の心の専門家「森田彬裕」ストーリー

定例営業会議の時には必ず上司から一言

「今月ノルマを達成できなかったヤツはどうするつもりか」

どうするつもりかって言われても・・・

一生懸命営業活動をしても売り上げが上がらない、だんだんと心が折れてくる。

働くあなたの心に寄り添いたい

コーチングを通して、働くあなたの心に寄り添います。

つらいコト、悲しいコト、納得いかないコト、思うようにいかないコト

あなただけじゃない。
生きていれば、誰しもがぶつかる心の壁。

越えられない時は、専門家に相談する選択肢があります、、、

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ブログとお知らせ


コーチングスクール勉強会と真田ゆかりの上田城に行ったら雪だった

それは、私が愛用のMac Book Proでブログ記事を書いていた時。

一通のFacebookメッセージが届いたことを告げる「ペローン」という音が
相手は銀座コーチングスクール長野代表で、机を並べて学んだ同期!

上田(長野県)の勉強会に登壇してくれないとの依頼!

すべてはここから始まりました(まあどこからでもいいのでしょうが)

 

長野県上田行き決定

依頼はが気心が知れた同期の友人、
子どものことから真田が好きで「上田城行きたい」と思っていた私はOKと即答。

NHK大河ドラマ真田丸の影響もあり、最近ひんぱんにテレビでも紹介されている名城!

依頼された勉強会テーマは、昨年から私が重視しているソーシャルスタイル理論に基づくタイプ分け。

4つのタイプ コーチングから生まれた熱いビジネスチームをつくる」など様々な本が出版されていますが、一番わかりやすいのは(株)SORAさんが出されている「SPトランプ」私は、コーチングセッションで使わせて頂いています。

 

悩みは服装

何回なスカイプで会議をしている時に、東京より5度は寒いからねと彼女。
寒さが苦手な私は、服装をどうしようかと思案!

コートを2枚着ていこうか(これだと東京では荷物が増えるのでやめ)
セーターを2枚着る(これだと上着が着れなくなる)

そんなわけで、ユニクロで極暖ヒートテックを購入し、その中にゴルフ用の防寒シャツというインナー2枚で行くことに。
手袋は2枚、ゴルフ用の耳あて、レッグウォーマー、この日のために購入したユニクロダウンベスト
持参、私としては万全、日帰りなのに大荷物っす(笑い)

 

小説は本当だった

トンネルを抜けると雪国って本当ですね。

東京自宅をを出るときは晴れていたので、傘を持たずで外出!
(私は、雨が降って温度が低いから雪にはなる、だから晴れだと雪は降らないと思っているんです、間違ってるかもですが)

新幹線に乗りこれから話す内容を愛用のMac Bookで確認しながら、ノンビリと向かっていると
目に飛び込んで来た光景は雪、しかも積もっているばかりでなくリアル降っている。(だいたい軽井沢に差し掛かったころだったかと)

東京に住んでいるとこれぐらいの積雪はなかなか見る機会はないものです。

「まずかったかな雪降ってるし、まあここは軽井沢、上田は大丈夫」と思ってはいたものの、これから先の雪景色の変化はなく上田到着!

雪積もってるし、雪降ってるし、でも防寒効果で寒い感じがなかったのは良かったあ。

 

雪国の方の運転は凄かった


迎えに来てくれた友人の車でセミナー会場に向かう。
さすが雪国の方ですね、雪道を普通にそして普通のスピードで走行(まあ雪用タイヤなのでしょうが)、これで止まるの?と思っていましたが止まりました(笑い)

その後も止まるの(笑い)?と思いならが無事に到着!(雪は止まないけど)

 

勉強会のテーマは4つのタイプ

勉強会のテーマは4つのタイプ、普段の人間関係にも、コーチとしても知っておきたいソーシャルスタイル理論の基づく4つのタイプについてお話させていただきました。

話しが通じない、何言ってるかわからない、そんな相手がいたら、もしかしたらあなたとタイプが違うかもしれません。

自分のタイプを把握し相手のタイプがわかれば人間関係に大きな変化をもたらすことは可能です。
それは相手のタイプの特性に基づいたアプローチが可能になるからです!

銀座コーチングスクール長野のみなさんに暖かく迎えていただき、あっという間の2時間が過ぎ終了。
参加者の方が作ってくださる雰囲気が良いととても話しやすいものです。

ありがとうございました。

 

私は晴れ男

勉強会が始まるころに降っていた雪も、途中で気がついたら青空に。

大きな窓があり、学びには最高の会議室での勉強会。ふと外を見たら雪もやみ澄んだ青空が出てきました。

やっぱり私は晴れ男(^^)

 

勉強会終了後はお時間の許す方々でランチ

東京で食べられないものをとリクエストをしてお蕎麦を美味しくいただきました。

まあこのお店が東京にないかは不明でしたが(笑い)

話しが盛り上がりましたが、名残惜しいところで終了!
楽しいランチタイムっす。

 

いよいよ上田城へ

私は、子どもの頃から真田が大好きで、ぜひ上田城へ行ってみたいと思っていたので念願叶いました(^^)
亡くなった父いわく、森田家は真田の有力な家臣だったと言ってました。(確認してませんが)

築城された時から天守閣はないお城、知将の真田昌幸らしい、地形を利用したお城でした。
2回の実践を経験したお城はここだけと書いてあり、ますます戦略振りの思い馳せました。

昌幸が選んだという伝説の残る真田石、立派でした。
なんでも、信之が松代の移封の際持って行こうとしても全く動かなかった石らしいです(あくまでらしいです)

そのままの姿で残っている部分

抜け穴があったと言い伝えがある真田井戸

真田神社
真田幸村が被ったと言われている兜の模型?
たくさんのみどころを雪をさくさくと踏みしめながら歩き回りました。
だれもとおっていないところに足跡をつけていくこと、子どものころを思い出しながら!

前日にも降った雪は深いところで30cm以上積もっていて、歩くところを選ばないと抜けられなくなるかも
笑い

 

二の丸、堀の後に電車が

面白いな思ったのは、二の丸のお堀の後、現在は遊歩道になっているところに電車が走っていたこと。
昭和2年に上田温泉電軌(株)が走り、電車は昭和47年まだで走っていたようです。

 

上田城の歴史

上田城は、真田昌幸が築城し、関が原の戦いの後、徳川によって徹底的に破壊され廃城。
(徳川は二度も苦杯をなめた上田城憎かったのでしょうね笑い)

廃城ご上田領は信之が引き継ぎますが、松代に移封後は、仙台氏が城主。
仙石忠政が上田城を復興!

明治になると民間へはらい下げられ、丸山平八郎という人が上田城を買い取り、庶民に開放したという。その後は公園として寄付されて現在に至るわけです。

上田城は真田昌幸が徳川、上杉の力を使って築城された名城だと思いますが、仙石忠政や丸山平八郎がいたからそ今こうして私たちが訪れはるか昔に思いをはせることができるわけです。

そんなことを考えながら散策を満喫!

 

池波正太郎真田太平記館

上田資料館に行き、その後は池波正太郎真田太平記館へ!
池波正太郎さんは数多くの真田物の著作を残され、なかでも全16巻大作、真田太平記は有名です。
昭和にはNHK大河ドラマにもなっています。

中学生のころだったか、1巻づつ新刊がでるたび楽しみに買い求め、徳川をやってけるシーンに心踊らせていました(笑い)

 

天は2物を与えた?

鬼平犯科帳など数々の名作を残されている池波正太郎さんですが、絵画がありました。

これがまたため息が出るようなもの。
天は2物を与えた!

 

さあ帰ろう

日が暮れるとさすがに寒くなって来ました。

あの「犬伏の別れ」の絵葉書を買い求め、他にもゴソゴソと買い求め、友人には銀座コーチングスクール多摩クラス用にとお土産をもらいソロソロ朝6時過ぎに家を出た出張もオシマイ!

堪能しました^^

帰りの新幹線は私の乗車した車両には10人ほどのゆったり帰宅。

村上春樹さんの「職業としての小説家」を読みながら!

 

職業としての小説家

村上春樹

村上春樹ファンならばぜひ読んでおきたい一冊。
村上春樹さんの頭の中の一部が垣間見れる貴重な機会だと私は思います。
村上小説が生まれる過程もわかる!

いま、村上春樹が語り始める――小説家は寛容な人種なのか……。村上さんは小説家になった頃を振り返り、文学賞について、オリジナリティーについて深く考えます。

さて、何を書けばいいのか? どんな人物を登場させようか? 誰のために書くのか? と問いかけ、時間を味方につけて長編小説を書くこと、小説とはどこまでも個人的でフィジカルな営みなのだと具体的に語ります。

小説が翻訳され、海外へ出て行って新しいフロンティアを切り拓いた体験、学校について思うこと、故・河合隼雄先生との出会いや物語論など、この本には小説家村上春樹の生きる姿勢、アイデンティティーの在り処がすべて刻印されています。生き生きと、真摯に誠実に――。

 

上田城

上田城(うえだじょう)は長野県上田市二の丸(旧・信濃国小県郡上田)にあった日本の城である。なお、現在残っている城は、仙石忠政によって寛永年間に再建築城されたものである。

概要[編集]
上田盆地の北部に位置し、千曲川の分流である尼ヶ淵に面していたので、築城当初は「尼ヶ淵城」と呼ばれることもあった。
北に太郎山、南に千曲川があり、築城前は土豪小泉氏の古い城館が存在した(現在、二の丸より西側の小泉曲輪と呼ばれている場所)と伝えられる。城の南側は千曲川に接し、北側と西側に矢出沢川を引き込み総構えとし、唯一の攻め口である東側にも蛭沢川や湿地帯などがある。

上田城は、信濃国小県の真田本城主の真田昌幸が当主であった真田氏により、1583年(天正11年)に築城された平城である。

天正11年、天正13年、天正18年と何度かの過程を経て築城をされたものである。1585年、1600年と二度にわたる真田氏と徳川軍との上田合戦で知られる。
しかし、昌幸が属した西軍が関ヶ原の戦いで敗れ、昌幸が九度山に配流となると、1601年に上田城は徳川軍に破却され、堀も埋められた。

江戸時代には上田藩の藩庁が置かれていた。関ヶ原以降に同地を領した真田信之は、上田城が破却されていたため元々の居城である上野国沼田城を本城とし、上田城三の丸跡地に屋敷を構えて統治を行った。

この頃、城下町の整備が行われた。真田信之は徳川氏の幕府に対し、元和7年(1621年)に城の再整備・拡張を申請するが却下され、元和8年(1622年)9月には信濃国松代へ転封された。後は小諸藩より仙石氏が移封された。

仙石忠政は破却されたままの上田城の再建を申請し、寛永3年(1626年)から現在の上田城が普請されることとなった。真田氏時代の縄張りをも利用していると推測されているが、徹底破却ののちに近世城郭として新たに築城された。本丸には櫓7棟、櫓門2棟、それらを繋ぐ塀が普請された。

現在ある本丸の3棟の櫓(南櫓、北櫓、西櫓)など建物の外壁は煤と柿渋で防水した板を用いた下見板張の黒い外観である。

二の丸にも櫓や櫓門を再建するため、櫓台なども構築されたが、寛永5年(1628年)4月20日仙石忠政の死により工事は中断され、これ以上の増築は行われないまま、仙石氏の転封および松平氏(藤井松平家)に藩主家が交代し、幕末を迎えた。

明治以降は、破却や城外への移築が行われて城内には石垣と櫓(西櫓)が1棟残るのみであったが、昭和期に、移築されていた本丸の櫓2棟が元の位置に復元され、平成期には櫓門や塀などが木造復元されている。今後二の丸の土塁や塀なども復元されることになっている。

現在は旧二の丸内が上田城跡公園になっており、毎年花見の季節になると、多くの市民や観光客で賑わう。また、敷地内には上田市民会館(平成26年(2014年)閉館)、野球場、市立博物館、招魂社などが置かれている。

本丸跡には眞田神社(真田神社)がある。境内には古井戸があり、「城外への抜け穴になっていた」との伝説がある。三の丸の藩主居館跡には、松平氏時代の屋敷門と堀が残されている。同地は現在上田高校の敷地として利用され、門は学校の正門として使用されている。

構造[編集]
本丸を南側に置き、二の丸が本丸の北・東・西を囲み、二の丸と東の大手門の間に三の丸を置く、梯郭式といわれる縄張りとなっている。

これは千曲川に接する断崖となっていた南側が最も天然の防御力が強く、当初は北条氏による上州方面、上杉氏による越後方面からの攻撃に対するものであったが、翌1584年に真田氏が徳川氏と断交したため、当初は越後方面に予定していた大手(防御正面)を対徳川を想定して東側に変更した。

通常は本丸や二の丸など城の中心に置かれる政務用の建物が、三の丸に置かれているのが特徴である。

これは、真田信幸が上田領を継承した際に、上田城は破却されており、城下町に近い三の丸跡地に居館を建てたことに始まる。その後、上田城は仙石氏により再建されたが、不完全なまま終わっている。真田昌幸時代の上田城について正確な構造は、わかっていない。なお、堀底の発掘調査により、真田氏時代と想定される金箔瓦や、菊花文軒丸瓦、金箔鯱の破片などが出土している。

上田城に天守があったのかを確認できる資料はない。起工から2年後の第一次上田合戦当時の資料(山鹿素行の「武家事紀」)には、「天守も無き小城」との記述が見られ[要出典]、後に仙石氏により再建された上田城にも天守はない。

ただ第一次上田合戦当時の上田城は未完成とされていることや、寛永年間の作成という絵図には上田城本丸に「御天守跡」と記入されていること、金箔瓦や菊花文軒丸瓦、金箔鯱の破片が出土していること、同時期の近隣諸城(小諸城や松本城・高島城)や嫡男真田信幸の沼田城に天守があることなど、いくつかの傍証から真田昌幸時代に天守が存在した可能性はある(第一次上田合戦から第二次上田合戦後に破壊される間の資料が残されていないため、直接的な証拠はない)。

本丸は東西に伸びた長方形だが、その北東の角のみ鬼門を避けるため欠いた構造をしている。
出典:ウィキペディア

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